僕がクラウドファンディングを嫌いな理由

 今回は クラウドファンディング≒寄付 と考えての話です。クラウドファンディングの寄付以外の要素の話は以前に書かれたこちらをどうぞ。

正月なのにお金の話第三弾! クラウドファンディングとファンクラブを考える

 東浩紀さんが最近ピーター・シンガーの本を引き合いにして寄付について話していました(ゲンロン0にも書いてあったかな?)。
 寄付の逆は何かを考えると寄付の本質が見えてきます。寄付の反対は税金による再分配のようなお金を取る対象となる全ての人から取ってお金を得る対象となる全ての人に渡されれるものです。寄付はそうではありませんね。お金を渡すのはその人の自由意思。そのお金が行く先も寄付する人が決めたどこか。そこに公正さはありません。寄付というのはものすごく偶発的で恣意的なんですね。寄付したい人が寄付したいところにお金を渡す。それが寄付の本質です。
 寄付は出会いという偶然と寄付する人の気持ちという恣意的なものに大きく左右されます。ゲンロン0的にいうと誤配の要素をが高いものです(この使い方誤配かも)。
 

 出会いを広げるネットは一見、寄付の可能性を上げてくれるように思えます。
 しかし、ここで気になるのはさっきの寄付の恣意性です。利益でも義務でもなく自分の気持ちでするのが寄付です。逆にいうと寄付の動機足り得るのは自分の気持ち以外にありません。つまり、寄付するには気持ちが動かないとダメなのです。
 先日友人が事業するから融資してくれみたいな話がちょっと出て考えたんですけど、私は彼なら実際に数万単位で融資してもいいなと思いました。うまくいかなくて返ってこなくてもいいやと。じゃ、どうしてそう思えたかと考えてみたら、それは私がその人を知ってるからなんですよね。友達だから応援する。すごくシンプルです。
 私は知らない人に数千円以上のお金あげるのイヤだし、逆にもらう側としても悪いなぁと思ってしまいます。だから私はクラウドファンディングが嫌いなんですよね。
 いわゆる寄付が機能するのは、気持ちを考えないでいいほど小額の場合がほとんどなのもその為でしょう。それ以上の額をあげるのは人間関係というか顔と顔を合わせた相手に限られそうです。

 キャンファイヤーの家入一真さんがどこかで「クラウドファンディングは共犯者をつくる」みたいなことを言ってた思いますが、私も全くそのとおりだと思います。ただ、共犯するならネットでしか知らない人より知ってる人とやりたい。知らない人とのんきに共犯してたらすぐ捕まりそうですからね。
 確か以前にどこかで家入一真さんが「クラウドファンディングやる時は直接会って頼み込む」とも言ってたように思います。ネットで告知はするけど、その後は寄付してくれそうな人に会いに行って頼むのだと。それがクラウドファンディング成功の秘訣だとどこかで話していたように記憶しています。
 これは上に私が書いたことと全く同じです。ネットでの出会いだけでは人は多額の寄付をしないのです。多額の寄付をする気持ちとのつながりはネットだけでは得られないのです。

 これ、ぜひ確かめたい。
 クラウドファンディングに成功してる人達は実際にどういう風にお金を集めているのか公表してくれたらすごく参考になります。純粋なネットだけのつながりでの寄付はどれくらいだったか。直接会った人からはどれくらいだったか。元々の友達や関係者からの寄付はどれくらいだったか。これらの割合を公開してくれたら、すっごいクラウドファンディングの勉強になるように思えます。これからクラウドファンディングやる人達にとって参考になること間違いなしです。
 中にはかなりの足りない分を自分で自分に寄付してクラウドファンディング成功!なんてやってる人もいるかもしれないですしね。。。
 実際にはリターンがあるので寄付要素だけではないですが、こういった内訳、ぜひどこかが公開してほしい。

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