断言しよう ローグ・ワンは9.11である

 昨日、公開されたばかりの『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』。本当に素晴らしい映画です。
 簡単な紹介は前の記事に任せて、今回はローグ・ワンについての考察です。穿った見方と思う人もいると思いますが、よければおつきあいください。
 ここから先はネタバレになります。

ローグ・ワンに学ぶ熱い仲間たちの法則

 ローグ・ワンは一言でいうとPPAPみたいな映画です。右手にスター・ウォーズを持って、左手に監督のギャレス・エドワーズを持ってウン!とくっつけるとローグ・ワンになった。そう思うくらいスター・ウォーズであり、ギャレス・エドワーズ作品でもある。二つの要素が完璧に混ざってる映画。それがローグ・ワンだと思います。
 
 ここでローグ・ワンを語る前にギャレス・エドワーズという映画監督の作風について語る必要があるでしょう。
 『モンスターズ/地球外生命体』で脚光を浴びた彼はハリウッド版ゴジラの『GODZILLA ゴジラ』に大抜擢されます。彼の怪獣映画は社会的なテーマを暗に扱っているのが大きな特徴です。
 最もそれが表れてるのがモンスターズ・シリーズの2作目である『モンスターズ/新種襲来』です(ギャレス・エドワーズは監督ではなく製作総指揮の一人)。
  

 この映画は宇宙から来た怪獣が中東に溢れ米軍が爆撃を重ねるうちに現地人の恨みを買ってテロにあうようになった中東が舞台です。怪獣とテロとの両方と戦う米軍の部隊を描いたこの映画はまんまイラク戦争で、アメリカを批判的に扱っています。
 ギャレス・エドワーズはこういう映画を撮る人なのです。

 で、ローグ・ワンです。
 ローグ・ワンの中にも私はギャレス・エドワーズ的な要素を見つけました。この映画を見てると序盤に不思議な違和感を感じます。それは反乱軍をテロリストとして描いている点です。
 ジンの育ての親であるゲレラは反乱軍の中でも過激派で、一般市民に犠牲が出るであろう町中での襲撃もためらいません。さらに味方であるはずのボーディーに拷問まがいのことまでします。一方、準主役であるキャシアンも作戦に必要とあれば敵以外の人間も容赦なく始末しています。反乱軍も組織としてそういう命令を出しています。
 もっとも、中盤でキャシアンが「今まで何のために手を汚してきたんだ」と降伏を選ばず決死隊に志願するので、ストーリー的にはこれらのテロリスト的描写が彼らが大きな作戦に命をかける動機の一つとしても見ることもできます。
 彼らは帝国を打倒する大義のもと決死隊を結成し、一人また一人と倒れていきます。仲間を信じ、仲間に託し、希望をつないでいく姿は確かに感動します。この映画はかっこよく、熱く、そして泣けます。そこに嘘はありません。
 しかし、私は映画館を出た時にハッとなりました。

 ローグ・ワンはテロリストが玉砕する映画なのです

 テロリストが玉砕していく。こう思った時に次にイメージしたものは9.11でした。
 私はローグ・ワンで大義の為に仲間を信じて散っていく名もなき英雄に感動しました。でも全く同じことをアルカイダにも見ることはできなくはないのです。
 さらにいえば空中から圧倒的な攻撃力で地上を破壊するデス・スターは、制空権を抑え好き放題爆撃する近年の米軍に見えなくもありません。
 かつてギャレス・エドワーズは『モンスターズ / 地球外生命体』でアメリカからの視点でないメキシコを描き、『モンスターズ/地球外生命体』でアメリカからの視点でないイラク戦争を描きました。

 そんなギャレス・エドワーズがローグ・ワンをアルカイダの視点から見た9.11として描いたとして不思議はありません。むしろ全くそういうことを意識せずこうつくったとは思えないのです。
 もちろん私はアルカイダが正しいなどとは思いません。だからこそ、ローグ・ワンに感動した後にハッとなり、混乱するのです。
 もう一度書きます。ローグ・ワンはSFアクション映画としても文句なしの大作です。かっこよく、熱く、泣きます。でも、ローグ・ワンはそこからハッとなって混乱するまでがローグ・ワンだと私は思うのです。
 
 スター・ウォーズの世界を壊すことなく社会的なメタファーを入れてくる。ローグ・ワンはまさにもう一つのスター・ウォーズなのです。

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