『この世界の片隅に』の何に感動したのか考える

 『この世界の片隅に』見ました! 本当に素晴らしい映画です。不思議な質感でまさに絵が動いていると感じたアニメーション。能年玲奈改めのんの最高の演技。どれも最高です。
 『この世界の片隅に』は広島で育ち呉に嫁に行ったすずさんという女性が昭和10年代から20年という太平洋戦争の時代を生きる姿を描いたこうの史代原作漫画の映画です。

 先日この映画の感想として「泣いたとか書く人がいるけどそんな単純な気持ちじゃないんだ」みたいなツイートをしてる方を見ました。そう、この映画はただ戦争の悲劇を描きそれに涙する映画ではないと私も思いました。では私はこの映画の何に感動したのか。それを考察したいと思います。
 (以下完全にネタバレです)

 結論から言うと、『この世界の片隅に』は二重構造、地続きで戦争を描いた映画だと思います。
 この映画を理解する上でキーになる二つの作品があります。それは『逃げるは恥だが役に立つ』と『夕凪の街。桜の国』です。え、なぜ逃げ恥?と思うかもしれませんが最後までおつきあいください。

 『この世界の片隅に』にまずあるのは昔の女性の物語です。
 主人公のすずさんは広島といっても江波といわれる漁師町で子どもも海苔の養殖を手伝うような地域です。家の仕事や家事の手伝いをするのが当たり前。大人になったら誰だかよく分からない人にお嫁にもらわれて、そこでも労働力として期待されています。自分がどう生きたいかという意思がほとんど認められない。というよりそれを考えることすら浮かばない。そんな時代です。義姉の徑子さんや遊女のリンさんも女性が自分の思うように生きられなかった時代の中で悔しさや悲しさを抱えて生きています。
 これは私の世代からすると相当気持ち悪く感じました。ちょうど、昨年末に『逃げるは恥だが役に立つ』が流行りましたが、逃げ恥は恋愛や結婚を一度契約、仕事化することによって恋愛や結婚ってどういうことなのだろう?と再確認するドラマでした。でも、『この世界の片隅に』の世界では恋愛も結婚も考える必要もなく自分の意思と関係なく降ってくるものなのです。
 さらにいえば、主人公のすずさんを事務所のトラブルから改名して出直すことになったのんさんが演じていたのは偶然だったとしたら非常に運命的なことだったと思います。事務所や何やらの都合で自由に生きられなかったのんさんが復帰作として演じたのが自由に生きられないすずさんだったのですから。

 すずさんはそんな中でも健気さとちょっと不思議なキャラクターで時に強く時にユーモラスに生きていきます。
 そして、ここからがこの映画の素晴らしいところだと思うのですが、そんな女性が生きにくい時代に頑張って生きる物語に少しずつ戦争が混ざっていきます。兄の戦死。軍港である呉に繰り返される爆撃。そして悲劇。。。
 徑子さんの娘のはるみさんがすずさんと一緒にいる時に亡くなってしまうエピソードは単に子どもが死んで悲しいという以上に、これまでの流れで同じ時代の苦しみを共有しやっと距離が縮まったすずさんと徑子さんの関係を台無しにしてしまいそうになります。あれだけ頑張ってきたのに、戦争がその全てをひっくり返してしまうわけです。

 私がこの映画で最も泣いたのは玉音放送を聞いた後にすずさんと徑子さんがそれぞれ別の場所で号泣しているところでした。あれは不思議に思った人も多かったのではないでしょうか。お義母さんみたいに戦争が終わったのかとホッとする方が自然のように思えます。
 でも、この映画を見てきた私達はあの二人が戦争の前からこの時代を生きた女性として多くの苦しみを重ね頑張ってきたことを知っています。その苦しみに少しずつ戦争が侵食してきたことも見てきています。二つの苦しみが重なっていって、戦争に負けたことが大きな喪失感となったのではないかと私は感じました。

 『この世界の片隅に』が素晴らしいのは、戦争ではない世界をバラ色の世界ではなくその世界の苦しみもしっかりと描き、それと戦争の悲劇とを地続きに描いているからです。
 これはこうの史代さんの前作『夕凪の街・桜の国』とも共通しています。『桜の国』は0歳の頃に被爆した母を持つ昭和52年生まれ(私と同い年!)の女性が主人公の物語です。原爆という戦争の傷が実は自分と家族の人生に今も大きな影響を与えていることに主人公は気づいていきます。
 

 『桜の国』は原爆(戦争)の悲劇とそこにつながってる今を地続きに描いた物語でした。一方『この世界の片隅に』はその時代の女性としてのつらさの中で生きるところから地続きの戦争を描いた物語でした。
 戦争はバラ色の世界を壊してしまう地獄ではないのです。苦しみも喜びもある世界の中に少しずつ戦争が侵食していき、戦争の悲劇となり、やがてその爪痕を残しながらまた悲しみと喜びを併せ持った日常へと流れていくのです。
 『この世界の片隅に』の物語は戦争、原爆という傷を越えてまた希望を持って生きていこうとするところで終わりを迎えます。
 戦争というものを日常の地続きに描く。それがこうの史代さんの物語の大きな特徴なのだと思います。悲劇は戦争の中だけにあるわけではないし、戦争の中にあってもそれぞれはそれぞれの苦しみと向き合い、希望を持って生きているのです。私はその姿に感動したのだと思います。
 

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