『震災と映画』でこんな話をする予定です

 私、勝沼悠は再来週に恩師主催の勉強会で『震災と映画』という題材で話をする予定です。取り上げる映画はこの四本。

 まずは東日本大震災を直接扱った映画から。
 園子温監督の『希望の国』。東日本大震災から数年後の架空の長島県で再び震災、原発事故が起きた様を描いた映画です。放射能汚染で住んでる町を追われる悲劇を認知症を発症した妻を抱えて立ち入り禁止となった家に留まる男や、放射能恐怖症となった女性を通して原発事故の悲劇を想像力豊かに描きます。
 震災翌年の12年に公開された時はこの映画は随分と非難を浴びました。放射能恐怖症の描写が福島の人々に不快感を与えたのです。しかし、震災から7年が経ち、関東の人々から福島第一原発事故が遠いこととなった今になると、あれくらいの激しい描写が正しかったように思えます。
 福島は都心との複雑な関係がありました。関東に住む人は震災のことは忘れても福島第一原発が東京電力のもので関東に電気を送っていたことだけは忘れてはいけないと思います。

 二本目の映画は『家路』です。
 福島の原発事故によって避難した長男家族。そこに長い間、故郷を離れていた弟が立ち入り禁止になった家に戻って暮らし始めます。
 ただ、被災した悲劇として描くだけでなく、複雑な事情の家庭を通して描くことによって、原発に対する複雑な福島の事情を映画のテーマとしています。
 この映画が封切られたのは震災三年後の14年。松山ケンイチや内野聖陽ら豪華キャストでこれだけストーリーもしっかりしてるのに、この映画はヒットせず、知らない人も多いかと思います。地上波でも放送されてません。なぜ、こういった映画が社会の表立ったところに出ないのか。そこにとても重要な何かがあるように思えてなりません。

 10日、11日のNHK特集で、土曜日ではPTSDからの立ち直りという悪者のいないテーマでしたが、11日は復興の失敗という目を背けてはいけない現実を扱っていました。福島は特に天災と人災が複雑に絡み合った震災であることを意識しなければなりません。震災から日が経つほどにそういった複雑な部分への視点が薄れがちですが、だからこそ意識しなければなりません。

 全国に福島県と沖縄県だけが二つ持っているものがあります。
 それは全国紙より読まれている地方紙です。沖縄には琉球新報と沖縄タイムスが、福島県には福島民報と福島民友があります。国との複雑な事情を抱えたこの二県が新聞を二紙持っていることは不思議な偶然といえるでしょう。
 福島の二紙からは全国紙と全く違う世界が見えます。福島民放も福島民友もLINEニュースなど、ネット配信しています。福島の二紙をフォローするだけで知れることがたくさんあるのです。

 ここからは東日本大震災を離れて。
 三本目は『唐山大地震』です。
 中国で76年に起きた唐山大地震。この映画はその地震によって引き裂かれた家族が32年後の四川大地震によって再会するまでを描きます。
 原作小説のタイトルは『余震』。決断した母と決断された娘はずっとそのことを引きずっています。それは再会することでしか前に進めません。ユーゴ内戦を描いた『サラエボの花』もそうでしたが、悲しい過去を乗り越えるというのはこういう実際にそのことと向き合うことでしかできないのかもしれません。
 実はこの映画には東日本大震災との不思議な縁があります。2010年に中国で公開されたこの映画は2011年3月に日本でも公開されるはずでした。ところが震災を受けて日本公開は中止され、4年後の2015年にやっと公開となったのでした。

 最後の一本は震災でない震災の映画を。
 『マギー』はゆっくりと侵攻するウィルスによるゾンビ・パンデミックスを舞台に、ゾンビに感染した娘を施設に入れることを拒み向き合う父を描いた映画です。主演はアーノルド・シュワルツネッガー。ジェット・リーの『海洋天堂』など、ここ数年それまで外的な強さを演じてきたアクションスター達が内的な強さを問われる役を演じる映画が何本かつくられています。シュワちゃんなのだからゾンビなんてボコボコ。でも娘がゾンビになることにどう向き合っていけばいいのか。それを外的な強さの象徴だったシュワルツネッガーが演じます。
 この映画はゾンビ・パンデミックをメタファーとして震災を描いています。遅発性のウィルスなのでゾンビの拡散は収束します。象徴的なのはゾンビの脅威が過ぎ去り学校などが再会する前に、娘が友人たちが語り合うシーン。家族などの犠牲が出なかった人にとっては災害は既に過去のものとなっています。そこには大切な人を亡くした人もいれば、これから死にゆくヒロインもそこにいるのです。災害というのはその悲しみの重さも悲しみがいつ起きたのかもそれぞれに微妙なズレがあるのです。

 震災が起きた日から少しずつ回復していくイメージを私達は抱きがちです。しかし、個人個人が持つ悲しみ、つらさはその震災が起きた日がピークとは限らず、様々な様相を持っています。さらに、社会的な状況も大きく関係するでしょう。
 私達は震災から日が経つほど、複雑な事情を見ずに抽象的に”復興”や”風化”という言葉を使いがちです。むしろ、日が経てば経つほどに私達は細かい部分を知り続けなければいけないのではないのでしょうか。

Share Post :

More Posts