『君の名は』にノレなかった3つの意味

 地上波初放送で私も初めて『君の名は』を見たのですが、ノレなかったというのが実感でした。

  で、なんでノレなかったと考えたら、この作品が肝心なとこの描写がないように見えたからだと結論に達しました。細かく情景などが描かれているこの作品ですが、私にはむしろ雑に思える部分がありました(ひょっとしたら私が見逃している可能性もありますが)。
それは意味の描写が乏しいことです
 意味というとちょっと伝わりにくいでしょうか。理由という言葉も近いかもしれません。
 というわけで、私が『君の名は』に必要なはずだと思った3つの意味について書きたいと思います。

二人がお互いを好きになる理由(意味)

 「入れ替わってる~!」な二人がお互いを好きになるというのがこのストーリーの一つの肝なわけですが、見ててあれ?と思った人も少なくないのでしょうか。
 入れ替わってお互いの日々を過ごすことになる二人がお互いを好きになる理由が全くないのです。恋ってそういうもんだよねといってしまえばそれまでなのですが、あまりにもお互いがお互いを知ることによって惹かれる描写がなさすぎます。

 入れ替われた理由(意味)

 二人の入れ替わりによって村の人が救われ、どうもその入れ替わりは三葉の巫女の力によるようだと推測されるような描写が一応あるわけですが、どうもこのへんの描写も弱いように思えます。
 三葉の祖母が入れ替わりにすぐ気づく描写はいいのですが、婿養子である父も三葉でないと気づく描写は蛇足でした。
 最もこの理由は私が上げる三つの理由の中で最も重要性が低いのでそこまで気にならないのですが。むしろ、問題に思ったのは最後の意味です。
  

 物語の意味 

 最も重要なのはここです。入れ替わりの記憶が失われてお互いを探している想いだけが残ったというのはうーん。。。
 この映画の最もノレなかったのはここです。あの出来事が二人の人生にお互いを想う以外に何の変化も起こしていないのです。三葉は嫌ってた巫女や故郷への想いに何の変化もなく東京に出てきているし、瀧にも何ら変化がありません(変化があったという描写がない)。

 『君の名は』はストーリーに対するそれぞれの人生への意味づけが感じられないのです。だから私にとっては映画にノレなかったのでした。
 


 

 同じく会ったことのない二人がお互い惹かれ合い出会うまでを描いた映画として2014年のタイの『すれ違いのダイアリーズ』があります。
 この映画は山奥の先生が一人しかいない小学校の分校に勤務した男性が前の年にそこに勤務していた女性の残した日記を読みながら毎日を過ごすうちに日記だけの会ったこともない彼女に恋をする話です。理由があって彼は1年でその学校を離れてしまうのですが、次に小学校にやってきたのは一昨年に着ていた女性。彼女は1年前に自分が置いていった日記に書き加えられた彼の文章を読み、彼に惹かれていきます。

 一度も会ったことのない二人の男女が惹かれていき出会うまでを描くという点は『君の名は』と同じです。
 ですが、『すれ違いのダイアリーズ』は物語に意味がちゃんとあります。二人はお互いの日記を読みながら、相手の頑張りや教育への想いに惹かれていきます。そして、この経験が二人が教師として生きていく力となっていくのです。
 『すれ違いのダイアリーズ』には恋の意味、ストーリーが二人に与えた意味が描かれています。

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