荒れる成人の日! その理由と対策を考える

 もう恒例のことだが今年もあちこちで荒れる成人式があるそうです。特に北九州市が評判のようです。
 なぜこんなことが起きるのかと思う人もいるでしょう。私は毎年荒れる成人式を見る度にスティーブン・キングの『スタンド・バイ・ミー』を思い出します。映画ではなく原作の方です。

 原作では『恐怖の四季』の秋という短編小説である『スタンド・バイ・ミー』。
 小説と映画ではほぼ同じストーリーながら印象がかなり違います。原作のタイトルはTHE BODY(死体)。
 映画最後の台詞「あの十二歳のときのような友達は出来ない」は確かに小説でも中ごろに出てきますが、その意味は純粋な意味というより自分と違った世界の友達はそれ以後できなかったという意味でです。テディ(眼鏡)とバーン(太っちょ)はこの旅をきっかけにゴードン(主人公)とクリスから離れていきます。彼らは次第に不良へなっていき、若くして事故で亡くなってしまいます(クリスが亡くなるのは小説も一緒だが、二人はそれより前に亡くなってしまう)。
 小説版『スタンド・バイ・ミー』は子どもから青年へ移る途中で子ども達の意識の格差が表れる残酷さを描いた小説です。四人の小旅行は、少年の日の美しい思い出などではなくて、運命をくっきりと分けた残酷なターニングポイントだったのです。

 世の中には色んな種類の人がいます。『スタンド・バイ・ミー』のテディやバーンはよくないと思う生活から脱することを考えずその中で生きることを良しとする人達でした。人生の良し悪しをを決めるのはその人自身なので、いいか悪いかの判断はしません。ただ、そういう人達がいるということは意識する必要はあるでしょう。
 彼らは閉塞感が強く、それを忘れさせ光り輝くハレの日を求めています。それがあの成人の日なのでしょう。彼らの世界の中ではそれは決して悪いことではなく、頑張ってる日常とのセットのことなのです。
 
 なので、対策は簡単です。
 ハレの場が必要なのですから、その場を用意するのです。昔から地域地域にあるお祭りはその機能を持っていました。
 つまり、成人祭りを開催すればいいのです。
 成人式を好き放題できるお祭りに変えてしまうか、従来の成人式とは別にそういう成人のお祭りを用意してしまうのです。そこは無礼講で騒ぐお祭りです。
 いかがですか、各市町村のみなさん。成人祭りを開催してみては。

 まぁとりあえず新成人のみなさん、『スタンド・バイ・ミー』の小説ぜひ読んでみてください。

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