不謹慎について 読み切り連載小説『OP教の教え』

  教祖と私は長いつきあいだ。もともとは地元のお寺の住職さんだった。勉強熱心で皆から好かれていた。
  今思えばその真面目さがいけなかった。彼はある日突然こう宣言した。
「あらゆる教典を学び、心理学や哲学など、様々な学問を修め、いろいろな人に会い、思案に思案に重ね、私は悟った。人生で最も大切なものはOPである」
  (こんな軽薄な言葉は書きたくない。 以下、全てOPとふせさせていただく。)
 そして彼は宗教法人として独立し、OP教と名乗った。
 気がつけば地元の人だけでなく、信者1万人を越えるそれなりの新興宗教になってしまった。いい人だしちょっと手伝うかと思っていた私も、気がつけば幹部だ。
 みんなあの教祖の言葉をありがたがって聞いている。でもこれでいいのか。彼に意見できるのは最初からのつきあいの私くらいだ。今日こそ教祖を、いや彼を諭さなければならない。

 「教祖、臨時のお勤めご苦労さまでした。」
 災害があった時のうちの教団の動きは素早い。普段の活動を全て中断し、信者から募金を集めて、すぐ被災地に送る。これがけっこうな額が集まる。みんな平気で万単位のお金を入れてくる。OPが大事という宗教とは思えぬ姿だ。特に人助けが大事であるなどとは教義には書いてないのに不思議なものだ。
 しかし、いつも心配なのが、こんな団体の寄付金などいらないと突っぱねられやしないかということだ。いや、そもそもOP教なんて不謹慎なものなんだ。これを機に改めてもらいたい。
 「教祖、しかし、OPが大事というのはこういう時に不謹慎に思われないでしょうか?」
 教祖はこんなこと言われるのが意外だと言わんばかりの驚いた表情を見せる。こっちからしたらそんな顔されること自体が意外だ。
 「不謹慎ねぇ。最近色んな人が言われてるみたいだねぇ。君はどう思う?」
 聞き返してきたか。これがあるので、教祖には生半可な気持ちで質問はできない。
 「確かに今の世間ではやり過ぎな感があります。しかし、実際に不謹慎なこともあるのではないでしょうか?」
 「なるほど、程度の問題というわけだね」
 ここで教祖は一息ついた。何かとんでもないことを言おうとしてる。だんだん私も慣れてきた。
 「私はね。別にOPが一番大事というのを全ての人に言ってるわけではないんだよ」
 え! さすがに度肝を抜かれた。では何の為のOP教なのか。私たちは何をやってるのか。そう問いただしたいところだったが、教祖の言葉はそれより早く続いた。
 「OPが大事なんてことは、ちょっとでも聞いてくれそうな人じゃないと説いても無理でしょう。私はそういう少しは分かってくれそうな人に向けてしか言ってないんだ」
 なるほど、そういうことか。確かにここにはそういう人しか来ない。宗教団体なんてそんなものかもしれない。いや、そもそも宗教というもの自体がそういうものなのかもしれない。
「分かってくれない人の意見も確かに私は聞いてるよ。だけど、それはそんなに大事じゃない。色んな声があっていいじゃないか。でも、だからこそ全てをちゃんと聞く必要はないんだ。そして、何を聞いて、何を聞かないかはその人が決めればいいことだ」
 まぁ確かに、不謹慎と言われて気にするような人がOP教なんてやらないだろう。当たり前のことだ。
 しかし、それでいいのか。

 ダメだ。こんなことではくじけない。私が何とかしなければ。。。

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