「相談を受けます」という人をネットで見る度に思うこと

 たまにTwitterのアカウントのプロフィール等で「相談を受けています」と書かれてるのを見ることがあります。中には「カウンセリングします」とか、極めて少額ながら「◯円で相談を受けます」なんて書いてあることも。
 今回はそういったよく分からない人の「相談お受けします」について考えたいと思います。

 といっても、私は専門家以外は相談なんて受けるべきではない!なんてことを言いたいわけではありません。
 『その島のひとたちは、ひとの話をきかない――精神科医、「自殺希少地域」を行く――』という本があります。サブタイトルのとおり、精神科医が自殺の少ない地域を取材し、その特徴を探る本です。
 非常に興味深いそういった地域に共通した特徴の一つに、地域のコミュニティのおせっかいがあったようです。その地域の人たちはサブタイトルにあるように、人の話なんて聞かず、勝手におせっかいをやくそうです。ただし、困ったことがあった場合はそれが改善するまで見捨てずおせっかいをやくそうです。
 

 彼らが人を助ける術は専門的な何かではありません。コミュニティの一員として見捨てず関わり続けるというスタンスと労力です。これらが時に専門家ではできない効果を上げることもあるのです。

 誰かを助けたいと思ったら、専門的な知識や経験、もしくはコミュニティの一員として関わり続けるポジション、この二つのうちのどちらかが必要になるのではないかと思います。
 友人等人間関係の中での相談なら分かりますが、それ以外の何も関係性がないところで、特に専門的な知識や経験がないけどちょろっと相談に乗りますよというスタンスは慎むべきでしょう。少なくとも私はそう考えます。

 つまり何がいいたいかというと、気分がふさぎ込むことがあったらとりあえずステイサムの悩み相談botを見るのがいいと思いますよってことです。
 ほんとこれはお勧め。

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