リバ邸と書かれた名刺を持ってもやいに行った話

 今日、子どもをひとりぼっちにしないプロジェクトのトークセッションでリバ邸の家入一真さんともやいの湯浅誠さんが話しているんですね。リバ邸というのは起業家とかが集まる自主運営型のシェアハウスのことで、もやいというのは貧困支援のNPOです。

 実は私はリバ邸と書かれた名刺を持ってもやいを訪れたことがあるのです。
 もう2年前くらいになりますか。当時私はあるリバ邸を何人かでつくって住んでいたわけですが、金銭的に困って住む場所がないという状態に陥ってしまった住人への対応に苦慮していました。これは何か考えなきゃやばいと。
 ちょうどその頃、もやいでボランテイア希望の人への説明会を兼ねた講習があるというので足を運んだのでした。

 「リバ邸◯◯です」と名乗った時に湯浅さんは(訂正、私が会ったのは当時の代表の稲葉剛さんでした)ちょっと苦笑いしてたように見えたのが印象に残っています。
 その時の講習がどんな内容だったか半分くらい忘れましたが、確かもやいの歴史や貧困支援の基礎みたいなことだったと記憶してます。その後、私はいろんなとこに顔を出して貧困や生活保護の勉強を重ねました。生活保護の申請同行にも一度行きました。

 知れば知るほど思ったは、貧困支援は中途半端な気持ちでやってはいけないということでした。
 貧困というのはこれ以上あとがないくらい大変な状態です。軽い気持ちで支援できるものではありません。専門機関に任せるか、その専門機関の手伝いをすることくらいしか自分にはできません。
 シェアハウスに住みに来た人が困った状態に陥って、そういった専門機関に頼ることはあるかもしれません。でも、そこまでです。間違っても、困ってる人誰でもおいてのスタンスで、本当に困った人が来たら専門機関にパスというのは非常識だと思います。
 大事なのは役割分担なのです。自分たちはシェアハウスとして居場所をつくりたい。それはいいことですが、それで居場所ができて助かる人もいればそうでない人もいる。そうでない人にはそうでない人への何かが必要なのです。
 安易に誰でもおいでというのはやはりダメです。誰でもの特定か、様々な場所との横のつながりがなければダメなのです。あの時、湯浅さんが苦笑いしてたのは当時のリバ邸が安易に困ってる人誰でもおいでと言ってるように見えたからではないかと、今振り返ると思います。
 今日のイベントのレポートを書いてる方のツイートを見る限り、家入さんもそのへんのことは意識が変わっているように見えます。

 この2年間での私の考えをまとめるとこんな感じでしょうか。
 安易に福祉的な活動を始めてはいけない。何か社会の為になることをしたいと思ったら、自分達が何をできるのかを考えて自分達のやることを決めて、ちゃんとその限界を意識しなければいけない。安易にその枠を広げてしまうのはむしろ人の為にならない。

訂正加筆

 2年前私がもやいで会ったのは湯浅誠さんではなく、稲葉剛さんでした。湯浅さんはもう代表ではなかった。勘違いでした。訂正。

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