正月からお金の話第二弾! お金と決定権と民主主義の話

 正月からお金の話しちゃうぜということで、今回は自分達で団体をつくるという時のお金の話です。
 アイキャッチ画像は金の雨を降らす男、レインメーカーのオカダカズチカ。明日の新日本プロレスは楽しみですなぁ。。。

 リバ邸でもなんでもいいのですが、自分達で何かの組織をつくる時に誰がお金を出すかというのはとても大事です。
 最近はクラウドファンディングもあるのですが誰かからもらうという形はけっこう難しいでしょう。そうなると自分達の誰かがお金を出すことになります。活動が利益を生む可能性のあるものならそのお金はいつか返ってくるかもしれませんが、先のことはどうなるか分かりませんのでとりあえずお金を出さなければいけません。

 今回の記事の一番言いたいことはこれです。

お金を出した人が決定権を持つ
 
 お金を出した人がその活動(団体)をどうしていくかを決める権利を持つということです。ここがはっきりしないまま活動を始めると後で揉めることになるでしょう。
 一人がお金を出したならその人が決定権を持ちます。逆に数人で均等にお金を出したのなら決定権はその人達の合議になるべきでしょう。みんなでお金を出したのに一人で決めるとか、一人が出したのにみんなで決めるというのは筋が通りません。
 ただ、ことはそんな単純ではありません。二点、考えないといけないことがあります。
 一つはお金はお金として出すだけでは限らないということです。労働という形で金銭的価値を提供する人もいるでしょう。そういった人は当然、その金銭的価値に見合ったお金を払ったのと同じことになります。
 ただし、働いた分の給料をもらった場合はそこに金銭的な負担は生じていませんので、その人に決定権は基本生まれません。
 人をタダ働きさせて決定権を与えないというのは成立しません。みくりさんが怒ります。

 もう一つはお金は出すが決定権は任せるという人もあり得るということです。いわゆる寄付ですね。クラウドファンディングはこの形をとっています。ただし、決定権を持つ人達は寄付してくれた方への説明責任は伴うでしょう。
 逆に、いわゆる株式会社はお金を出してその額に見合った決定権を得る行為です。株主総会行くと楽しいですよ。
 ちなみにNPOの会員も基本的には株式会社の株主と同じです。
 たまに「NPOだってお金を設けていいんです」という人がいますが、これはダメです。
 NPOで働いている人がその能力や労働に見合った給料を得ることには正当性がありますが、NPOそのものが利益を上げることは原則いけないことです。非営利組織がNPOなわけですから。
 経営として設けることと労働をして設けることは意味が違うので注意が必要です。

 決定権を持つにはお金なり何なり貢献をしないといけないわけです。

 さて、こっからはこの話から一歩踏み込んで民主主義の話です。
 選挙等で市民が政治の決定権を持つのが民主主義です。ではこの決定権を持つ為には何が必要なのでしょうか?
 先日読んだ小林よしのりさんの『民主主義という病い』は民主主義の歴史をあげながらこの点について書かれた本でした。
 

 古代ローマでもフランス革命後のフランスでもこの民主主義のメンバーシップの条件は兵役でした。自分達の国を守る人だけが意思決定権があるというわけです。先日の朝生でも「徴兵制が民主主義化で戦争の抑止力になる」と言ってる人がいました。その是非はさておいて、民主主義というメンバーシップにおける必要条件は何かというのは重要な問いでしょう。

 ここで一つ間違えてはいけないのは民主主義と人権は全く別の概念であるということです。
 仮に徴兵なり納税なりで投票権の制限を設けたとしても、それはその条件を満たさない人の人権とはまるで関係がありません。憲法で基本的人権の尊重が明記されていれば、その人達の生活は選挙権に関わらず尊重されます。選挙で決めたことだからと国民の人権を踏みにじる行為を押しつけることは基本的人権の尊重が憲法に書かれてる国ではできません。
 このへんがゴッチャになっていて生活が脅かされれるような法律ができた時に「民主主義の危機だ」という人がいますが、これは間違いです。その決定が民主主義に沿った手続きであればどんな決定も民主主義です。それは民主主義の危機ではなく基本的人権の危機なのです。
 『民主主義という病い』は民主主義が別に崇拝すべきような理想ではないというスタンスに立っています。私もこれについては同意見です。
 決定権と人権は直接関係ないのです。

 国や地方という団体がどういう条件で決定権を持つメンバーを決めるべきか。これは非常に難しい問題でしょう。今後じっくり考えたい。

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